ラジオと私(冨カンと出会うまで)


がラジオの世界へ入るきっかけは「ナイター」である。
大の中日ファンの私はナイターシーズンひたすらラジオにかじりつくように
聞いていた。が、中継終了と共に電源オフだった・・・。
(注:現在はアンチ巨人な状態で、特別どこの球団が好きというのはない)

れが1989年大きく変わる。ナゴヤにずっと住んでいる人なら思い出すだろう。
「デザイン博」である。会場内と周辺地域だけで聞くことのできたFM−DEPOが
我が家はエリアに入っていたからである。当時小6だった私は英語というものに
非常に興味を示し見事にハマった。起床はDEPOの開局7時と共に、布団に入る
のはクロージングの22時とデザイン博開催中ほぼ規則正しく生活していた。
(ただし、夏休み中はラジオ体操から帰ってから朝飯と共に聴き始めていた)
余談だが、英語に興味を持ったのはおそらく当時好きだった子が公文の英語教室の
先生の娘だったからだろうなぁ。男はいつの時代も単純である

月になりデポとナイターの併聴をしていた私は、いつしかナイターが終わっても
そのままラジオをつけ続けるようになる。BGM程度に流していたラジオに急激に
ハマったのはそれから3ヶ月程後のある木曜日のことだった・・・。

11月でデザイン博が終わり、朝の目覚ましだったFMデポのオープニングがわり
として、「おはようCBC」を利用していた私はタイマーをセットするためラジオを
つけた。そこでやっていた番組とは・・・
「♪(オペラ座の怪人のテーマにのせて)あ゛〜はっはっはっは〜・・・」
「ぼくがわらしべ長者で出す物は・・・」
「へ〜んリク・・・♪う〜ううう〜ん・・・」
・・・な、なんなんだこの番組は!!
それが、私の人生を大きく変えた番組「冨田和音株式会社」でした
しかも、最初に聞いたのがマジメな月曜日・・・ではなく愛すべきバカ大集合の
木曜日。私のAM深夜番組のリスナー生活はここからスタートしました。

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