特別編
オールナイトニッポンと私


ローカル番組のネタも中途半端な状態の中(大汗)、どうしても
オールナイトニッポンについて書いてみたかったので、
(というより、今書かないと忘れてしまいそうだったので)
急遽、コーナー化!

CBCローカルも聞いていたけど、やはりANNも・・・という人の
ためにこんな懐かしい年表を
「オールナイトニッポンパーソナリティ年表」
(新しいウィンドウで開きます)

もそも深夜番組への入口は冨カンでしたが、オールナイトニッポン
はブツ切り状態で、冨カンより前にお世話になる「日」があったのです。
8月31日と1月6日ごろ・・・そうです「夏休み・冬休み最終日
土壇場に追い込んで宿題をやった経験のある方は「同士」だったのでは?(笑)
小学校の4年生にはこのパターンが義務化されてました。

ゃんとオールナイトニッポン(以下ANN・・・テレ朝のニュースではない)
を聞き始めたのは、やはり冨カン以降の1990年アタマからですね。
CBCでは、25時〜27時の「1部」のみ放送し、27時〜29時の「2部」は
ニッポン放送にチューニングしないと聞けない放送でした。
(その時間はTBSの「いすず歌うヘッドライト」に戻ります)
名古屋ではANNはフジ系列にあたる東海ラジオではなく、TBS系列のCBC
が放送していました。今のオールナイトは東海担当ですが・・・。

話が脱線してしまいました。90年1月のパーソナリティは
月曜日:デーモン小暮
火曜日:とんねるず
水曜日:木根尚登
木曜日:ビートたけし
金曜日:ウッチャンナンチャン
土曜日:松任谷由実/川村かおり(2部)

でした。冨カンと私1に水曜日の記憶が曖昧と書いてありましたが、91年1月
までは木根さんでした。ほぼ全曜日聞いていましたが、翌日にコタえるという
こともあり(だって小学6年生)中学に入るまではデーモン閣下とウンナンを録音
して、土曜日だけ最後までちゃんと聞いていましたね。

学生になり、ついにラジオをチューニングして「禁断の2部」まで手を出すように
なるのです。当時使っていたラジカセは今のようにシンセチューニングなんて高尚
なシステムは無く「指先一つで鮮明度がガラッと変わるアナログチューニング
でした。しかし、規程の周波数より少しズレた方が聞きやすい時もあるので、現在
のシンセチューニングのラジカセより遠方の放送局は聞きやすかったように思います。
ハマったのが、金曜2部の伊集院光、木曜の渡瀬マキも少し聞いていたなぁ。
光ちゃんはまだ冨カン副社長していた頃ですね。顔を見せないアイドル「芳賀ゆい」
を生み出したり、コーナーも秀逸。好きだったのは「モデル家族」というコーナー。
その名の通り芸能人を家族にするならこんな組み合わせ(もちろんネタ含み)な
コーナー、明け方4時頃に笑いを必死にこらえ、布団がブルブル震えていました(汗)
テレビで見る光ちゃんも面白いけど、やはりラジオの光ちゃんが一番ですね。

曜日が閣下から大槻ケンヂ(オーケンと呼ばれていたなぁ)に変わった頃には
金曜日・土曜日は完全に聞くようになっていました。土曜日だけは2部もCBCで
聞けるというメリットもあり、「川村かおりのANN」でロシア語をかじったものです。
でも、一番ちゃんと聞いていたのはウンナンでしょう。二人の素の部分が出ていた
気がします。企画では「長女隊」「マセキ里穂」といったアイドル?を誕生させたり、
男出川哲郎なんてコーナーもありました。一番好きだったのは「タコイカジャンケン
ですかね。同じクラスでもウンナンANNは聞いている子も居て、土曜の朝の会話
数時間前のタコイカネタということもよくありました。

0年〜91年はパーソナリティ交替がめまぐるしかったですね。最大の変化は
木曜日の「殿」が古田新太に、91年1月には水曜日の木根さんが大江千里
(おおえのちさとぢゃないよ)へと交替、夏休みの終わりには月曜オーケンANN
がさくらももこへ・・・。普段メインで聞いていた土曜日も2部の川村かおりが5月
に電気GROOVEへと交替。金曜は変化ナシだったので、これをきっかけに聞く
のをやめるってことはありませんでした。

92年は1クール(3ヶ月を示す業界用語)単位での変化が見受けられたように
思います。特に水曜日は
1〜3月:(前年から続いてきた)大江千里
4〜7月:TOSHI(X)
8月:スペシャル(毎週変わっていた覚えが、森高千里のANNはこの時か)
9〜12月:裕木奈江(93年8月までつづく)
といった具合。文章中にある、森高千里のANNは部屋のどこかにテープが
あるはず・・・。デビュー当時から好きだったんですよ。自分のお気に入りの
アーティストやアイドルがANNを担当するのって当時は嬉しかったですね。
同時に、2部で様子を見て人気があれば1部へ昇格(まるで野球みたい)の
パターンもありました。
(加藤いづみ:金曜2部→月曜1部、福山雅治:木曜2部→木曜1部)
同じパターンで松村邦洋やナインティナインも昇格していきましたね。

3年の最初の頃、高校受験の頃までは聞いていたのですが、高校に入り
早朝補習のため始発バス(6時過ぎ)に乗らなければいけない生活が始まり
次第にANNから離れるようになりました。それでもウンナンと加藤いづみの
ANNは時々聞いてました。しかし、高校へ行く気が無くなり始め、94年3月
には冨カンの終了・・・私のラジオライフはここでひとつの区切りを迎えました。

今も東海ラジオではイマのカタチでオールナイトが続いています。1960年代
からもう10000回以上ずーっと流れ続けるハーブアルパートとティファナブラス
の「ビタースウィートサンバ」(一時期流れなかったようですが・・・)を聞くと、
懐かしいあの頃に戻った様な気がします。
(ちなみに今のニッポン放送社長はかつてANNのパーソナリティでした)

嬉しいことに、ゲーセンの音ゲーの一つ「ポップンミュージック7」(最新版)に
版権曲としてビタースウィートサンバが演奏できるようになっています!!
「えーっ私ああいうのニガテだから」という人は得意な人を連れていってでも
聞いて下さい。私は河合のバイト先のビルの目と鼻の先に100円でプレーが
できる所があり、バイトの度にBSSを演奏しています。

さらに、現在Re:Japanがこの曲に歌詞をつけて(リスナーから歌詞募集)、
CD化するという企画が進行中のようです。歌は・・・ともかくとして、C/Wに
元祖BSSは入れていただきたいですね!